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April 04, 2006

[競馬] ラストステイヤー・メジロマックイーン死す

天皇賞(春)を連覇(1991年〜92年)したメジロマックイーンが4月3日に心不全で亡くなった。ライスシャワーと並び最後のステイヤーだったと思う。お悔やみの意味を込めて、彼の思い出を書きたいと思う。

彼の世代では私は同じメジロでもライアンのほうが好きだった。だからという訳ではないが、いつも最強のライバルと思って、ライアンを応援していた。メジロマックイーンの思い出というと、1991年の天皇賞(秋)と1993年の天皇賞(春)。どちらも負けたレースだ。

1991年の天皇賞(秋)はまれにみる不良馬場。本当に泥んこ馬場だった。ここまでひどいと実績も当てにならないと思ったものだ。だから馬券はダートに強いカリブソングを押さえた。(そのおかげで降着でも馬券が的中)
馬場が本当に悪かったので、故障とか落馬がなければいいがと心配をしていたのだが、それが名手武豊を狂わせたのかは分からない。でも事実として、彼はインターフェアを取られ、1着入線も18着へ降着となった。パトロールビデオを見ると明らかに進路妨害だ。2頭ぐらいのスペースに4頭ぐらいが押し込まれたような感じになり、本田騎手が落馬寸前になっていた。結果だけを言うと、あの2コーナーを3頭分ぐらい外を回っても勝っていたと思われるだけに、もったいないことだった。最も印象に残ったレースが降着というのも後味が悪い。

1993年の天皇賞(春)は逆に良馬場。天気も良く、生えそろった芝がまぶしいぐらいだった。メジロマックイーンの3連覇が注目されていたが、ライバルも多く前年の菊花賞馬ライスシャワーとグランプリホースのメジロパーマーが虎視眈々とタイトルを狙う。レースは予想通り逃げ馬メジロパーマーが逃げ、メジロマックイーンが中団、ライスシャワー・的場がぴったりマーク。ミホノブルボンの3冠を阻止したスナイパーが最大のライバル。京都競馬場はメジロマックイーンのホームなので、ライスシャワーの応援は少なく、いわばアウェー状態。その中で私は敢然とライスシャワーを応援していた。
最後の直線はメジロパーマーをメジロマックイーンが捕まえ先頭に立ったとき、京都競馬場のボルテージは最大になっていた。その直後、ライスシャワーもスパート。世代交代を告げるかのように意外にもあっさりとライスシャワーがマックイーンを交わして先頭。マックイーンはパーマーに詰め寄られ、2着を死守するのが精一杯。ライスシャワーの2馬身半差の完敗。
このレースは強い馬が強いレースをしたとして記憶に残っている。訳のわからない穴馬が突っ込んでくるのもいいが歴史に残るレースというのはこういうものだと思う。

メジロマックイーンは種牡馬としては現在までG1を勝った馬を出していない。彼の戦績からすると不本意だろう。遅咲きのステイヤー血統ではなかなか活躍馬を輩出することは難しいのも事実。同じ世代のライアン、パーマーと比べると、ライアンだけが種牡馬としては一歩抜けている。牧場は4世代G1制覇という夢を追っていると思うが、なんとか実現してもらいたいものだと今でも思っている。父内国産馬フリークの私はどうしてもサンデーサイレンス産駒は割り引いてしまう。子供に夢を託すためには、せめて重賞を勝たないといけない時代だ。母方でもいいので後世に名が残ればと思う。

» Yahoo!スポーツ 競馬 - コラム 最強ヒストリー メジロマックイーン

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